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妻木城の沿革
妻木城址の会について
妻木公民館郷土資料室

土岐市妻木町1370-1
TEL:0572-57-4564
FAX:0572-57-4590
館内に併設されている郷土資料室には妻木城址がある城山の模型をはじめ妻木城主が身に付けた鎧甲冑などが展示してあり、散策スタート前にここで予備知識を仕込むのにピッタリ。
会報 乙姫城
↓ 詳しくはクリック


妻木城の別名を「乙姫城」といいます。いつのころからそう言われるようになったかは定かではありませんが、城山の中腹に「姫滝」があり、その名を連想させます。
ようこそ、妻木城址の会 オフィシャルサイトへ
 岐阜県土岐市妻木町は、岐阜県の東南部に位置し妻木城跡や崇禅寺、八幡神社など多数の史跡や文化財を今に残している町です。
平成7年に発足した「妻木城址の会」は、私たちが子どもの頃から慣れ親しんできた豊かな自然と歴史遺産を未来まで守り伝える事を目的として活動しています。
 また 地域の歴史を掘り起こし、伝統行事を守り伝えることによって、いつまでも地域住民が自慢できる町でありたいと考えています。

妻木城さんさくマップ  クリックすると大きくなります(PDF)
  
妻木城址の会 フェイスブックページ
最新 オフィシャルニュース
投稿者 : masa 投稿日時: 2018-07-12 14:44:17 (108 ヒット)

平成30年度研修旅行 「半田赤レンガ建物を設計した妻木頼黄のすべてをたどる」

平成30年5月16日、「半田赤レンガ建物を設計した妻木頼黄のすべてをたどる」へ研修旅行を行いました。

ビール好きが講じ「ビアホール」という言葉を作ったと言われる明治建築界の巨匠、妻木頼黄の人生、作品をたどった展示となっていました。フォトグラファー村井眞哉さんの写真展も同時開催。現存する妻木頼黄の全建築作品14か所の写真も展示されています。

近代国家の礎を作った明治建築界の巨匠妻木頼黄
設計したものは、横浜赤レンガ倉庫、日本橋、神奈川県立歴史博物館など多数。

パネル写真店では、
1.妻木頼黄の履歴をたどる
2.なぜ、妻木頼黄は、半田赤レンガ建物を設計したのか
3.妻木一族の家系図
4.横浜正金銀行物語
5.広島仮議院物語
6.妻木頼黄の主要作品展示




妻木小学校創立140周年記念DVD
八幡神社

ホームページはコチラ
八幡神社の創建は、元応元年(1319年)に美濃国守護土岐頼貞によるとも、頼貞の孫土岐明智頼重が妻木城築城後に建立したとも云われます。妻木城主の氏神として手厚く保護されてきました。流鏑馬が行われる広い参道や68段の石段の上に建つ社殿は、妻木城主の栄華が偲ばれます。絵馬など岐阜県、土岐市指定の文化財を多数所蔵しています。
崇禅寺

崇禅寺は土岐明智氏の初代頼重が文和三年(1354年)に夢窓国師を勧請開山、果山禅師を開山として創建しました。妻木城主代々の位牌や墓所があります。
流鏑馬神事

元和9年(1623年)、妻木城主妻木家頼が武運を祈り馬を1頭奉納したことが始まりといわれています。小学校4年生から6年生の6名が馬の乗り手を行い、陣笠羽織姿で3回、古代衣装で3回の計6回行われ、参道の坂道(約130m)を駆け上がります。1回の流鏑馬を終えて元の位置に戻る途中で、馬の乗り手から縁起物の扇子や鞭が参拝者へ向けて投げられます。
火縄銃の実演

妻木城主、妻木家頼が関ヶ原の合戦際して西軍岩村城主田丸氏を撃破した古事にちなんで、10月の第二日曜日(流鏑馬神事の日)妻木小学校校庭にて行われます。
妻木町 歴史散策
「東濃ショッパー」というフリーペーパーで連載しておりました「東濃歴史散策」を編集・改編してアップしていきます。古い記事もあるので、今現在と状況が違うこともあります。ご了承下さい。

※無断転載を禁止します 妻木城址の会