土岐市教育委員会では、平成22年度から妻木南部土地区画整理事業に伴う発掘調査を行っています。
妻木平遺跡は、土岐市南部の妻木町に位置し、遺構範囲は、南北975m、東西375mで、市内でも有数の広さを誇る遺跡です。
発掘調査により縄文時代から近現代の長期にわたって土地利用されていたことが分かっています。
古代(縄文時代か~)出土した焼物や建物の痕跡から、寺院関連遺跡あるいは地域の拠点集落であったと考えられます。
鎌倉時代には、南北35m以上、東西36m以上の方形に区画された溝と、溝の内側からは掘立柱建物の痕跡が確認され、文献資料から荘園を管理する領主の館と推測されます。
室町時代には、東辺87m、南辺111mの堀と、堀の内側から掘立柱建物の痕跡が見つかっており、妻木町周辺を治めていた、土岐明智氏の居館とその周囲の堀であったと推測されます。
土岐市内でこれほど長期にわたって様々な遺構や建物が確認された遺跡は他に見つかっていません。周辺には妻木城や妻木城士屋敷、妻木窯下古窯跡群などの遺構や、八幡神社、崇禅寺など古くからの寺社が点在しているため、妻木町の歴史を知る上でも非常に重要な場所であることは間違いなさそうです。
来年度から遺構や遺物の整理や分析が行われ、今後、その成果を土岐市美濃焼陶磁歴史観などで歴史的変遷や重要さを紹介される予定です。